新緑の国分寺崖線を訪ねて

 新緑の国分寺崖線を訪ねて

2011-05-15


 この日は天候が良いので地元を走りました。

立川崖線と国分寺崖線は、古代多摩川が南へと流れを変えていく過程で武蔵野台地を削り取ってできた、
河岸段丘の連なりである。崖線には湧水が多く、市街地の中の親水空間として、
また野鳥や小動物の生活空間として貴重な自然地となっている。
立川崖線はJR青梅線青梅駅付近から調布市と狛江市の市境あたりまで続いている、延長約40qの段丘崖である。
下流ではほとんど高さがないが、上流部の立川付近では15m程度の高さとなっている。

国分寺崖線は立川市砂川九番から始まり、東南に向かって野川に沿って延び、
東急線双子玉川駅付近で多摩川の岸辺に近づいて、以後多摩川に沿って大田区の田園調布付近まで続いている。
延長は約30qで、上流の立川ではほとんど高さがないが、都立府中病院付近では15mほどに高さを増し、
世田谷区の成城学園から下流では20mを超える高さとなる。
宅地化や農地化が進み、現在では崖線の面積に対して立川崖線は約23%、国分寺崖線は約35%の
樹林地が残っている。(東京都環境局の資料抜粋)

緑と野鳥と水に恵まれた住みよい処です。

 【コ−ス】
 Google MAPs

スタ−ト9:35〜武蔵境通り9:54〜野川公園10:11〜はけの森美術館(中村研一)10:54〜、滄浪泉園11:43〜
貫井神社12:17〜東京経済大学(正門)12:39〜都立殿ケ谷戸庭園12:45〜東京農工大学13:30〜
都立府中の森公園13:40〜航空自衛隊府中基地14:23〜ゴ−ル15:22
【走行距離32.5キロ】

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武蔵境通り9:54
2009年拡幅工事完了区間
東京では珍しい車両2車線・歩道2m位自転車道2m位の未来都市設計です。
是非一度は訪ねてください。
近くには都立神代植物公園深代寺があり見どころ豊富です。

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都立野川公園10:11

とにかく緑が鮮やかでした。

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小金井市立はけの森美術館(中村研一)


1895年に福岡県で生まれた中村研一は、油絵で花などの静物、風景、女性などを多く描いた画家です。
中村研一は戦後この地に移り住み、亡くなるまでここで絵を描き続けました。
この美術館は帽子はダメネ。
この日は何の記念日〜?〜無料でした。〜ラッキ−
私は隣の茶棟大好きです。

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滄浪泉園11:43

明治・大正期に三井銀行などの役員、外交官、衆議院議員などを歴任、活躍した波多野承五郎(雅号・古渓)が、
大正の初め頃、慶長年間(1610年ころ)に建てられた、今の日野市近郊の大名主の家(約330u)を移築して
別邸とした。武蔵野の特長的な地形である「はけ」と湧水を巧みに取り入れた庭園は33,000uあった。
名前の由来は、大正八年(1919)この庭に遊んだ犬養毅(雅号・木堂)元首相によって名付けられた
「手や足を洗い、口をそそぎ、俗塵に汚れた心を洗い清める、清々と豊かな水の涌き出る泉のある庭」
との深い意味を持っている

私は紅葉の景色が好きですよ。
また江戸時代の庭職が考案した日本庭園には欠かせない水琴窟が見事な音色を聴かせて頂けます。

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貫井神社12:17

ここも湧水を楽しみに寄りました。

 
 
 
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都立殿ケ谷戸庭園12:45

都立殿ヶ谷戸庭園は、国分寺崖線の南側斜面を利用し、湧水と植生を巧みに生かした回遊式林泉庭園です。
公園の名称は、昔、この地が国分寺村殿ヶ谷戸という地名であったことに由来してい ます。

もともとは大正2年(1913年)に作られた別荘で、昭和4年に三菱財閥の岩崎家の所有となり、
和洋折衷の回廊式庭園となったものです。昭和49年に東京都が購入し、都立公園として有料開放されています。
平成10年3月には、東京都指定文化財として「東京都指定名勝」に選ばれており、
また園内の「次郎弁天の池」は東京都名湧水57選にも選ばれています。


2011年国指定の名勝庭園

ここの獅おどしも見ごたえありますよ。
「説明の写真」ボケて読ませんね。後日差し替えします。

 
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都立府中の森公園13:40

新緑のなか売店前広場で青空コ−ラスコンサ−トが開かれ楽しさ倍増でした。

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航空自衛隊府中基地14:23

基地内を見学した事は有りませんがi何時か見学したいな〜
米軍時代の司令部の建物をそのまま使ってます。


 近場での一人ランお天気に恵まれ有意義で楽しかったですよ。
お終い。



mailご来場の皆さん方メッセ-ジを頂けると有りがたいです。

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