早春の隅田川・運川・旧中川周辺へラン


 早春の隅田川・運川・旧中川周辺へラン  GoogIe MAPs

 

【コース】
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(自宅7:05〜つつじヶ丘・通勤快速7:18〜笹塚都営新宿線各駅に乗り換え7:43〜
岩本町駅8:03着A6エレベータ〜出口此処までは輪行)。準備完了8:20〜ここで待ち合わせ。

岩本町駅スタート8:50〜靖国道・京葉道路交差点8:54〜旧安田庭園9:15〜東京都慰霊堂9:34〜
回向院9;49〜隅田川・小名木川の分岐点10:03〜松尾芭蕉記念館10:10〜深川芭蕉庵旧地10:26〜
清澄公園10:33〜清澄庭園10:05〜仙台堀川11:52〜相生橋12:49〜鶴岡八幡宮13:29〜
木場親水公園13:51〜旧中川・亀戸14:52〜都営新宿線東大島駅15:23〜
・走行距離32キロ
・使用自転車「トレンクル」
ここより輪行
都営新宿線東大島駅・笹塚行各駅15:34〜笹塚駅各駅16:08〜自宅16:48

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都営新宿線岩本町駅
Ab氏・Ue氏と合流
お天気も良くサイクリング日和に成りそう。


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靖国道・京葉道路交差点
次回以降Ab氏・Ue氏との待ち合わせ場所の確認

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旧安田庭園

旧安田庭園は、元禄4年(1691)、下野足利藩主本庄氏の下屋敷として
作られたのが始まりです 本庄氏は小大名でしたが 将軍家より松平姓を賜り
常陸笠間藩や丹後宮津藩の藩主を歴任しています
庭園は安政年間に大規模な改修が施され 隅田川の水を引いた汐入回遊庭園として
整備されました 小規模ながら徳川時代における大名庭園の典型をなす名園です
明治22年(1889)、安田財閥の所有に移り、大正11年(1922)
東京市に寄贈されました 
ほぼ隣接地は大相撲の両国国技館があります。

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東京都慰霊堂

関東大震災の身元不明の遺骨を納め、犠牲者の霊を祀る震災記念堂として
東京都により創建された東京都墨田区の横網
(よこあみ町公園内にある慰霊堂

地元の方の話ではよそ者は
両国国技館のほぼ隣接地にあるため横網(よこあみを横綱(よこづな)と読むらしいですよ。

 
 回向院は、今からおよそ350年前の明暦3年(1657年)に
開かれた浄土宗の寺院です。

 
 力塚と回向院相撲〜〜〜力持ち伝統行事
日本の国技である相撲は、江戸時代は主として公共社会事業の資金集めのための勧進相撲興行の形態をとっていました。その勧進相撲が回向院境内で初めて行われたのは明和五年(1768)のことで、寛政年間を経て文政年間にいたるまで、勧進相撲興行の中心は回向院とされてきました。やがて天保四年(1833)より当院は春秋二回の興行の定場所となり、明治四十二年の旧両国国技館が完成するまでの七十六年間、「回向院相撲の時代」が続いたのです。力塚の碑は、昭和十一年に相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊の為に建立したものですが、その後も新弟子たちが力を授かるよう祈願する碑として、現在も相撲と当院とのつながりを示す象徴になっています
 
鼠小僧供養墓
時代劇で義賊として活躍するねずみ小僧は、黒装束にほっかむり姿で闇夜に参上し、大名屋敷から千両箱を盗み、町民の長屋に小判をそっと置いて立ち去ったといわれ、その信仰は江戸時代より盛んでした。長年捕まらなかった運にあやかろうと、墓石を削りお守りに持つ風習が当時より盛んで、現在も特に合格祈願に来る受験生方があとをたちません
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回向院鼠小僧供養墓

 回向院は、今からおよそ350年前の明暦3年(1657年)に開かれた浄土宗の寺院です。

 この年、江戸には「振袖火事」の名で知られる明暦の大火があり、市街の6割以上が焼土と化し、10万人以上の尊い人命が奪われました。
この災害により亡くなられた人々の多くは、身元や身寄りのわからない人々でした。当時の将軍家綱は、このような無縁の人々の亡骸を手厚く
葬るようにと隅田川の東岸、当院の現在地に土地を与え、「万人塚」という墳墓を設け、遵誉上人に命じて無縁仏の冥福に祈りをささげる
大法要を執り行いました。このとき、お念仏を行じる御堂が建てられたのが回向院の歴史の始まりです。

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松尾芭蕉記念館

江東区は、我が国の文学史上偉大な業績を留めた松尾芭蕉ゆかりの地です。
芭蕉は、延宝8年(1680)それまでの宗匠生活を捨てて江戸日本橋から深川の草庵に移り住みました。
そして、この庵を拠点に新しい俳諧活動を展開し、多くの名句や『おくのほそ道』などの紀行文を残しています。
この草庵は、門人から贈られた芭蕉の株が生い茂ったところから「芭蕉庵」と呼ばれ、芭蕉没後、武家屋敷内
に取り込まれて保存されましたが、幕末から明治にかけて消失しました。
大正6年(1917)の大津波の後、常盤一丁目から「芭蕉遺愛の石の蛙」(伝)が出土し、同10年に東京府は、
この地を「芭蕉翁古池の跡」と指定しました。江東区は、このゆかりの地に、松尾芭蕉の業績を顕彰するため、
昭和56年(1981)4月19日に芭蕉記念館を、平成7年(1995)4月6日に隅田川と小名木川に隣接する地に
芭蕉記念館分館を開館しまし
た。

受付の若い綺麗な女の子「22〜25歳」感じが良い

記念館の裏木戸を出るとそこはもう隅田川のほとり、川沿いの道を左に少し歩いていくと
史跡庭園があります。芭蕉像や芭蕉庵のレリーフがあります。


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深川芭蕉庵旧地芭蕉稲荷神社

・所在地 東京都江東区常盤1-3
・建立年 不明
・説明板 『深川芭蕉庵旧地の由来
俳聖芭蕉は、杉山杉風に草庵の提供を受け、深川芭蕉庵と称して延宝八年から
元禄七年大阪で病没するまでここを本拠とし、「古池や蛙飛びこむ水の音」等の名吟の数々を残し、
またここより全国の旅に出て有名な「奥の細道」等の紀行文を著した。

丁度交番のおまわりさんが地域を巡回していて深川は良いところでしょう、
こんな良い日は私も職務を離れて散歩したいようと嘆いていました。

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清澄公園

清澄公園は、明治時代に岩崎家が造園した清澄庭園の西部分を戦後整備して造られました。
中央の広場を囲んで数々の樹木が植えられており、良き憩いの場となっています。
正面に見える建物、橋型のように真ん中が空洞何故かな〜〜?

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清澄庭園

泉水、築山、枯山水を主体にした「回遊式林泉庭園」です。
この造園手法は、江戸時代の大名庭園に用いられたものですが、
明治時代の造園にも受けつがれ、清澄庭園によって近代的な完成をみたといわれています。
 この地の一部は江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と言い伝えられています。
享保年間(1716〜1736年)には、下総国関宿の城主・久世大和守の下屋敷となり、
その頃にある程度庭園が形づくられたようです。
 
明治11年、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、
社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画、明治13年に「深川親睦園」として
一応の竣工をみました。弥太郎の亡きあとも造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、
周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治の庭園を代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました


私は満々と水をたたえた池の淵に石を飛び飛びに置いて歩けるようになっている、
磯渡りの石が大好きです。


庭石お好きの方お勧めの名庭園です


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仙台堀川公園

延長3700m、面積10.4haを誇る仙台堀川公園は、四季の花薫る都内最大級の親水公園。
全長900mの桜並木には、ソメイヨシノ、カンヒザクラなど350本の桜の木が植えられている。
南砂緑道公園は旧都電敷地に植樹され、100本のソメイヨシノが桜のトンネルを作る。

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相生橋

『相生橋(あいおい ばし)』 は、中央区佃 と 江東区越中島 の間で、
「清澄通り」 が隅田川の支流である 「晴海運河」 を渡る橋で、
正確には 「隅田川に架かる橋」 ではない。
この橋の創架は明治36年(1903)、
「月島地区」 の埋立完成に伴なう上水道整備を兼ねて架橋されたという。
『相生橋』 の名称は、上流側の 『永代橋』 に相対する橋として命名されたらしい。
「佃島」、「石川島」、「月島」 地区にとっては初めての橋であり、
地元住民も待ちに待った橋であったと想像できる。

 
 富岡八幡宮「深川の八幡様」と親しまれ、
今も昔も変わらぬ信仰を集める
「江戸最大の八幡様」です。
 
 富岡八幡と言えば江戸三大祭の一つ
「深川八幡祭り」3年に一度(8月中旬)本祭り
が催され、50台余りの神輿に水をかけながら
練り歩く連合渡御は勇壮無比で、あでやかな
辰巳芸者の手小舞や粋な鳶若頭衆の木遣りが、
江戸情緒を盛り上げます

 
 境内には、「深川力持碑」「木場の角乗り碑」
をはじめ「横綱力士碑」「力持碑」など、
深川にまつわる多くの石碑等があり、
昔をしのばせます。

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富岡八幡宮

富岡八幡宮は寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた現在地に御神託により創建されました。
周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、総じて六万五百八坪の社有地を得たのです。
世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。

 江戸時代には、源氏の氏神である八幡大神を殊の外尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受け、
明治維新に際しては朝廷が当宮を准勅祭社に御治定になり、勅使を遣わされ幣帛を賜り、
新しい御代の弥栄を祈念されました。

 また、庶民の信仰は江戸の昔から大きな歴史の変転を経て現代に至まで変わることなく
篤く受け継がれ、今も善男善女の参拝は絶えず、特に毎月1日、15日、28日の月次祭は縁日として
大変な賑わいを見せています。

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木場親水公園

ここの公園は江戸情緒をモチーフにした公園で、それっぽい橋などが水路に掛かりますが、
お勧めはなんと言ってもじゃぶじゃぶ池です。
お隣の木場公園のじゃぶじゃぶ池は広いだけで面白く無いのですが、ここのは噴水などがあって
小さい子供でも楽しめる造りになっています。

じゃぶじゃぶ池は木場公園から三つ目通りを渡って深川警察署北側です。
ここには駐車場や売店は有りませんが、駐車場は木場公園のを利用してもさほど遠くはありません。
公共機関利用の場合、公園の南端入り口までは東西線木場駅徒歩2分です。

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旧中川・亀戸
東京スカイタワーと河津桜(手前JR総武本線)
地元(同行のUe氏)の方の話では2010年に植樹したそうですが花の少ないこの時期には豪華に
観賞する事ができました。川の向こうが亀戸中央公園

それの行儀の良い「海はと」・・・アートを世界を楽しみました。

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都営新宿線東大島駅

この駅は珍しい旧中川をまたいて江東区・大島口〜旧中川〜江戸川区・小松川口なっています。
私は小松川口の改札利用でした。


mailご来場の皆さん方メッセ-ジを頂けると有りがたいです。

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