若者に人気の街、代官山周辺へラン


 若者に人気の街代官山周辺へラン  GoogIe MAPs

2011-02-17


 今年は寒さが厳しい為、サイクリングするチャンスが少なく今日も天候(曇り13度夜雨)に不安もあるが、
久方ぶりのランであった。走ってみたが思いのほか寒さは感じず。



 
コース
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自宅9:34〜つつじヶ丘・水天宮9:56〜仙川の湯付近・体調不調(30分)〜蘆花恒春園11:27〜
烏山川緑道・〜豪徳寺12:10〜世田谷線宮の塚12:57〜太子堂・円泉寺14:16〜林芙美子旧居14:24〜
烏山川緑道北沢川緑道との地点合流・?14:41〜この周辺より代官山・西郷山公園14:58〜
エジプト大使館15:15〜パニーノ15:28〜デンマーク大使館15:33〜レストランパッション15:47〜
旧朝倉家邸〜カコと成就院16:41〜目黒不動尊17:02〜北沢川緑道帰路〜(体調不調)〜
自宅20:36走行距離50キロ



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蘆花恒春園
「不如帰」「自然と人生」「みみずのたはこと」などの名作で知られる明治・大正期の文豪、
徳富蘆花(健次郎)と愛子夫人が、後半生を過ごした住まいと庭、
それに蘆花夫妻の墓地を中心とした旧邸地部分とその周辺を拡張してつくられました。
 蘆花は明治40年2月まで、東京の青山高樹町に借家住まいをしていましたが、
自然に親しみ、土に生きる幸福を体現しようと、当時まだ草深かった千歳村粕谷の地に住居を求め、
自宅を「恒春園」と名付けました。
昭和2年9月18日、静養先の群馬県伊香保で逝去するまでの約20年間、
この地でトルストイを想起させる晴耕雨読の生活を送りました。
 昭和11年の蘆花没後10周年忌に際し、愛子夫人から当時の家屋、耕地そして墓地が東京市に寄贈され、
市では昭和13年、夫人の意向に沿って、武蔵野の風景を保存し、公園として公開を開始しました。
これらの建物は老朽化により昭和58〜60年度にかけて改修され、
「徳富蘆花旧宅」として、昭和61年3月10日東京都の史跡に指定されました。

 
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豪徳寺

本尊は釈迦如来。文明12年(1480)吉良頼高の娘で同政忠の伯母にあたる弘徳院のために
城内に創建された小庵で、初め臨済宗に属し、弘徳院と称したと伝え、

天正12年(1584)曹洞宗に転じた。寛永10年(1633)に世田谷領を領した
近江彦根藩主井伊直孝が大檀那となって堂宇、殿社を造営、
井伊家代々の江戸菩提寺となった。直孝は中興開基とされる。
万治2年(1659)直孝が没すると、
その法号久昌院殿豪徳天英居士にちなみ豪徳寺と寺名を変えた。
直孝の娘掃雲院は父の冥福を祈るため多くの浄財を寄進した。
これにより当寺は大伽藍を備えた寺となった。
幕末の彦根藩主で万延元年(1860)江戸城桜田門外で暗殺された
井伊直弼は当寺に葬られた。直弼の墓は都指定史跡。
墓のぞばに桜田殉難八士之碑や、墓守として一生を当寺で終えた遠城謙道の墓塔もある。
門前を通りかかった井伊直孝と郎党を招き入れ、落雷の災いから救ったという
招き猫の伝説があり、猫観音を祭る招猫殿への参拝者も多い。


 鷹狩の帰りに通りかかった彦根藩主井伊直孝に対して寺の飼い猫が手招きをしたため、
直孝はここで一休みすることにしました。
そして寺の住職からお茶の接待を受けている最中に
空模様が悪くなり雷雨になってしまったのです。
「猫が招いてくれたおかげでずぶ濡れにならずに済んだ。
これは縁起がいい。」と直孝は喜びました。
これが縁でこの寺が井伊家の菩提寺となり、直孝が没すると、
直孝の院号「久昌院殿豪徳天英居士」
にちなみ寺の名前を豪徳寺と改めました。
猫が耳の後ろをさすりながら毛づくろいをしていたのを直孝が見て、
猫が自分に手招きをしていると思ったのでしょう。

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世田谷線宮の坂駅のすぐそばに或る
点心・飲茶・中華料理店東風で昼食このお店は料理は当然

のどかな風景と世田谷線を眺めながら、ゆったりと食事が出来るのが良い〜ね〜

東風のオーナーらしき人も自転車が趣味の様で我々と話しがはずみました。

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太子堂発祥の地と円泉寺
聖王山法明院円泉寺の草創は、遅くとも 南北朝時代末期(〜1392)のころには、
太子堂ならびに小堂(円泉寺前身・円泉坊)が結ばれていたものと推察され、
文禄4年(1595)、賢惠(けんけい)大和尚によって中興がなされました。
円泉寺周辺の地域は、武蔵野の一角とはいえ無人の荒野ではなく、縄文・弥生時代から人々の生活
が営まれていた地で、中世のころには、相当な生産力のある素朴な文化をもつ地域でした。
慶長年間に入ると円泉寺周辺の地域は、江戸市中への蔬采の供給地として、重要な役割を
果たすようになり、太子堂村の経済も次第に安定し、これに伴い円泉寺境内も本堂・太子堂が建ち並び、次第に寺容が整えられていきました。

太子堂3丁目にある円泉寺には聖徳太子像を祀った太子堂があり、
これが周辺の地名の由来となっています。
大欅の中に佇む庚申塔。


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林芙美子旧居

円泉寺の横から伸びるこの路地はかつて女流作家の林芙美子が暮らした二軒長屋があった。
現地の案内板にはこう書いてある。

此の路地奥の二軒長屋は、林芙美子の不遇な時代の寓居です。
その一軒には壺井繁治、栄夫婦が住み、若い頃の平林たい子も度々訪れました。
芙美子の処女作「放浪記」にはこの頃の太子堂での生活の一こまが描かれています。
壺井栄の「はたちの芙美子」にも当時の生活が記されています。
芙美子のすぐれた文学性が磨かれた場所として文学史上、記念されるべき場所と言っていいでしょう。


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烏山川緑道・ 北沢川緑道との合流地点

行きは烏山川緑道
帰りは北沢川緑道

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西郷山公園

公園名の由来はこの土地が旧西郷邸(西郷隆盛の弟で明治期の政治家・軍人であった
西郷従道(じゅうどう)の敷地)の北東部分にあたり、付近の人々が「西郷山」という通称で
親しまれていたところから決まりました。
 台地の端の斜面を利用してつくられた公園で、斜面には20メートルの落差をもつ人工の
滝が作られているほか、ゆるやかな坂道の園路や展望台が設けられ、
冬のよく晴れた日には遠くの富士山も望めます。
 台地の上には、明るい芝生広場とこれを一周する園路・人工の流れを配し、
子どもたちがのびのび遊べるスペースになっています。
滝や展望台からの眺めを楽しみ、憩いのひとときを過ごされてみてはいかがですか。


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エジプト・アラブ共和国大使館

今話題のエジプト今日は大使館の関係者も野次馬も私たちだけでした。
本当に静かでした。

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デンマーク大使館

ここはエチプト大使館と100m位しか離れてませんでした
この大使館も誰もいませんでした。

 
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重要文化財・旧朝倉家邸

旧朝倉家住宅は、東京府議会議長や渋谷区議会議長を歴任した朝倉虎治郎氏によって、
大正8年に建てられました。
大正ロマンの趣のある2階建ての建物内と回遊式庭園を見学することができます。


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タコと成就院

天台宗の宗祖、比叡山開山伝教大師最澄の高弟、慈覚大師円仁は栃木県壬生町生まれ、
幼くして伝教大師をしたって比叡山に登り、学問修行に励まれました。

承和5年(832)唐に渡り、同14年帰国されるまでいろいろと苦学して、唐各地をまわり、
たくさんの仏法を伝えて帰国されました(この時の旅行記が有名な「入唐求法巡礼行記」です。
この本は先年、米国の元駐日大使ライシャワー氏が研究し、英訳出版されました。)大師は若いときから
眼病を患い、40歳のとき、自ら薬師さまの小像を刻み、御入唐の時もこれを肌身につけて行かれました
が、お帰りの海路、波風が荒れましたので、その御持仏を海神に献じて、危急をのがれ、
無事に筑紫の港に帰り着かれました。その後大師、諸国巡化のみぎり、肥前の松浦に行かれますと
海上に光明を放ち、さきに海神にささげられたお薬師さまのお像が、蛸にのって浮かんでおられました。
大師は随喜の涙にむせび給い、その後東国をめぐり天安2年(858)目黒の地に来られました時、
諸病平癒のためとて、さきに松浦にて拝み奉った尊容をそのままに模して、一刀三礼、霊木にきざみ、
護持の小像をその胎内に秘仏として納め、蛸薬師如来とたたえまつられました。
かくして本尊の殊勝の12大願による福徳威力、信心の人は、心願ことごとく成就し、
除災長寿の利益あまねく千年のいまに至るまで、弘く信仰されてきました


目黒区には「目黒区みどりの散歩道」というのがあり、
その「不動コース」の中に「タコと成就院」はある。

 
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目黒不動尊参道前

お店のおばちゃんをひやかしたので「イナゴ」の佃煮やお団子を買いました。
私の連れは、サツマイモやオセンベイを買った様です。

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目黒不動尊

天台宗 泰叡山(たいえいざん) 瀧泉寺(りゅうせんじ)(目黒区下目黒3−20−26


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平井権八・小紫の墓誌

平井権八は実在した人物で、鳥取藩時代に磨いた剣術の腕を振るい、
街の通りすがりを惨殺しては、金を強奪し、その金で吉原へ通ったという悪いやつ。

歌舞伎での「其小唄夢廓」は、吉原の遊女であり彼を慕っていた小紫という女性が、
数々の悪戯のあと自首した権八が鈴ヶ森刑場(現在の大森海岸辺りに現存)で斬首の刑となった
彼のあとを追い、墓の前で自害するという話(これが日本で最初の“心中”とされているらしい)。
鴻巣に於いても、権八らしいエピソードが残り、この話とうまくリンクしているなと感じます。



 私の体調が悪く連れの方達に大変ご迷惑をお掛けいたしました。

 


mailご来場の皆さん方メッセ-ジを頂けると有りがたいです。


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